★ ゼフィルスの舞う草原で ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-6797 オファー日2009-02-26(木) 22:16
オファーPC 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ゲストPC1 イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
ゲストPC2 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
<ノベル>

 カフェのテーブルで、理月がぽつんとひとり、真剣に考え込んでいる。 
 つい先ほどまで彼は、親しくしている小さな友人たちに囲まれていた。このところ――いや、いつもその傾向にはあるのだが、自分が怪我をするのも構わず無茶を重ねており、今日も今日とて身体中が包帯だらけだ。が、そんなことはささいな問題であるかのごとく、甘いものが好きな彼らに好みのものをおごってやり、可愛らしい声と仕草で礼を言われてとろけそうな笑顔で頷いたり、彼らが口々に語る冒険譚に目を細めて耳を傾けたりしていたのだが……。
「どうした、理月」
 月下部理晨は、心配そうに隣の椅子に腰掛けた。小さな友人たちが、今日は保護者と約束があるからと、一斉にカフェを引き上げてしまったのが寂しいのだろうか。そう、思ったのだ。
 『弟』と友人たちの談笑を邪魔すまいと、それまで離れた席にいた。理晨は、とにかく理月が楽しそうにしている光景を見るのが、嬉しくて仕方ないのである。そのために銀幕市に来たのだし――だから、理月の元気がなくなるといてもたってもいられなくなる。
「そう気を落とさなくても、彼らとはまたすぐに逢え」
「最高らしいんだ」
「……何が?」
 しかし理月は顔を上げ、ひたと理晨に向き直る。その目は生き生きと輝いており、どうやら落ち込んでいると思ったのは杞憂だったらしい。それどころかこの表情は、何か楽しいことを思いつき、その計画を練っていた顔だ。
「山菜採りをしたり、川遊びをしたり、柔らかい草の上で昼寝をしたり――たんぽぽの綿毛と鬼ごっこしたり花冠を作ったり花いちもんめをしたりは、俺たちじゃさすがに無理だろうけど」
「……いや、だから何が」
「春先の杵間山だよ。ピクニックに最高らしいんだ」
 その情報を理月に教えてくれたのは、魔性のおなかを持つ子狸だった。何でも先日、お弁当を持ってみんなで山に遊びに行って、それが大層楽しかったそうなのである。
「おぅ、何ていいタイミングだ」
 陽気な声とともに、カフェの扉が開かれた。イェータ・グラディウスだった。傭兵団White Dragonの料理人を自負する彼は、大きなバスケットを抱え、保温用のポットをふたつ持っている。
「その話は、俺も聞いててな。今日は天気もいいし、おまえらを誘って出かけようかと思ってたところだ。当然、恵森同伴でな」
「わん、わん! わわん!」
 イェータの足元で、柴の仔犬が元気に鳴いた。縁あって理月が拾い「恵森(メモリ)」と名付けた愛犬である。
 今は某古民家で養育しているのだが、団員のひとりが逢ってみたい、散歩させてみたいと言い出したのがきっかけで、今朝はたまたま、理晨を訪ねがてら仮設宿泊所に連れてきていたのだ。歓声を上げた団員たちが、恵森をしっばしばに可愛がったため、しばし手持ち無沙汰になった理月と、そして弟思いの理晨は、つかの間カフェにいることにしたという経緯であった。
「久しぶりだな、恵森! 元気だったか? 逢いたかったぞぉ。おまえと離れてると俺はもう寂しくて寂しくて」
「くふん、わんっ!」
「……あのな。おまえら、今朝方離れてからそんなに時間経ってねぇし。まあいいけどな」
 頭を掻くイェータをよそに、仔犬は理月をみとめるなり、駆け寄ってその膝に飛び乗った。
 懸命に尻尾を振り、可愛らしい鼻をくふんと押しつけてくる。その頭や背を撫で、亜麻色の毛並みに顔を埋め、理月はもう骨抜き状態である。
「しばらく見ない間に、また大きくなったな。……ああもう可愛いなぁ。ええいこうしてやる」
「わふっ、わん、わわん、くぅん♪」
「あーはいはい。めろめろになるのは出先でもできるからなー? お兄さんたちと一緒に出かけようなー? 日が暮れるぞぉ?」
「野原を駆け回る恵森は、いっそう可愛いと思うぞ」
 まるで、幼い弟をこんこんと諭すように、イェータと理晨は口を揃える。
「そうだよな、うん! わかった!」
 理月は素直に肯いて、急遽決定した春の杵間山ピクニックに向かうため、立ち上がる。
 カフェに居合わせ、遠巻きにその様子を見ていた来客たちが、つか理月さんに骨抜きになってんのイェータさんと理晨さんのほうなんじゃないのでもそこに突っ込むのも今更って感じだよね銀幕市中が知ってるしね的な会話をするのをBGMにして。

  ◇ ◇ ◇

 杵間山は広い。渓流も小さな滝も澄んだ湖も、鬱蒼とした雑木林に囲まれた沼もある。生息している動植物も多岐に渡る。傭兵たちは健脚と土地勘を生かして、渓流を歩き雑木林を抜けた。
 先日、山菜採りに同行し、少し鍛えられた感のある恵森も、足場の悪い山道をちゃんとついてきた。途中、ちょっと道から外れ草むらに埋もれて理月をはらはらさせたが、それは疲れたわけではなくて、がさがさと前を横切ったキジバトに気を取られたものらしい。
 細い山道のところどころに、絡み合った藤蔓から薄紫の花房が幾重にも下がり、行く手を塞いでくる。そんな美しい邪魔者を贅沢にも押しのけ、目的地へと向かう。
 どこかで、ウグイスが鳴いた。
「――おおっとぉ」
 視界が開けた瞬間、思わずイェータが口笛を吹いた。
 それほどに、目に沁みるような新緑と淡い色彩の花で埋め尽くされた光景は圧倒的だった。
 澄んだ青空の下、小花を散りばめた野原が広がっている。
 菜の花とそっくりな黄色い小花は犬芥子(いぬがらし)。青い小さな花は胡瓜草(きゅうりぐさ)。青紫は筆竜胆(ふでりんどう)。濃いピンク色は鶯神楽(うぐいすかずら)。
 ほのぼのと温かな春の日だまりを、風が吹き抜ける。
「……これは」
「……ここって」
「昼寝したら気持ちよさそうだな」
「昼寝してくれと言わんばかりの場所だな」
 理月と理晨は、揃って腰を下ろした。ふたりして同じ意味合いのことを言って笑いあうさまは、どちらも驚異的な童顔ゆえ、仲の良い双子の少年のやりとりのようにも見える。
 ずっと理晨の肩のうえに乗っていたバッキーの『カナン』が、きょと、と、辺りを見回したとき。
 カナンの鼻先に、何か、ひらひらした綺麗なものが止まった。
 何者だおまえ、とばかりに前脚を伸ばした途端、それは、青緑に輝く羽根をきらめかせ、飛び去っていく。
「ゼフィルスだ。季節にはまだ早いはずだが、そういえばここに来る途中の雑木林でも見かけたな」
 イェータはその姿を追いながら、太陽のまぶしさに手を翳す。
「ゼフィルス?」
「ゼフィルスってなんだ? 蝶に見えたけど」
 理月&理晨は、やはり同時に問う。
「樹上性のシジミチョウ類の愛称だ。語源はギリシャ神話のゼピュロス――春と初夏のそよ風を運ぶ、西風の神ってとこだな」
「西風の神か――」
「綺麗な蝶だな。宝石が飛んでるみたいだ」
 神の名を持つ蝶のゆくえを、理月と理晨は目でなぞる。鮮やかな青緑色のシジミチョウは、風に乗ってふわりと舞い上がり、雑木林に戻っていった。
 もともとゼフィルスは森の樹を住処とする。草原に姿を見せたのは、それこそ神の気まぐれだったのだろう。
 カナンは、ゼフィルスが視界から消えるまで、じーっと見送っていた。
 やがて、よし気が済んださあ遊ぶぞ甘えるぞと決意したようで、ぴょんと草を蹴り、理晨の胸にタックルをかけた。
「お。やるな、カナン」
 さしもの傭兵《RICIN》とて、バッキーの愛情アタックをかわす術など持たぬ。お手上げ状態で仰向けに寝ころべば、その顔の上に、カナンはぴったりと貼りついた。
「おいカナン。気持ちはわかるが、それじゃ理晨が息できねぇだろ?」
 くくっと笑った理月を、そうかぁ? と見て、カナンはずりりと理晨の顔から降りた。そして今度は、理月のほうにアタックを試してみる。
「ぷはッ」
 不意打ちを食らった理月もまた、こてっと野原に背をつけ、寝ころんだ。そこへカナンががばっと覆い被さったので、おかげで理月はバッキーのゴムまりのようなおなかを、顔全体で堪能する羽目になった。 
「わふっ、わんー♪ わわん」
 恵森はといえばもう、大はしゃぎだった。
 ととととーー、と、前のめりに駆け回っては、柔らかに伸びた草に足を取られてつるんと滑る。
 ふるふると顔を振って起きあがれば、目の前のヨモギにナナホシテントウ虫が止まっていて、小首を傾げたついでにまたこける。その頭に、オンブバッタが乗っかる。
 亜麻色の毛並みが、あっという間に草まみれ花まみれになった。
「ふぉーひ、めもりーー! らいじょぶかぁー?」
 カナンのおなかから少しだけ顔をずらした理月の呼びかけに、わん、わわん、きゅん! と、柴の仔犬は尾を振りながら返事をした。新緑と春の花と、土と太陽の匂いの固まりとなって勢いよくじゃれかかる。

 ――当然、理月の、顔に。

「……なぜに顔を狙う」
「あはは。居心地いいんだろ」
 ブラック&ホワイトのバッキーと柴の仔犬を顔に乗っけた理月に、理晨が吹き出したところで。
(小動物が4匹じゃれてる……)
 などと思っていたイェータが声を掛けた。

「さぁてと。……おい、そこのちび柴とバッキーと黒柴2匹。そろそろランチにしねぇか?」

  ◇ ◇ ◇

 草原のただ中に、白木蓮(はくもくれん)の大木があった。
 見上げれば、今が盛りの白い花が幾重にも重なっていて、まるで純白の屋根のようだ。花を透かして降りそそぐ木漏れ日さえも、白い。
 その木の下に腰を落ち着けて、イェータはバスケットを開け、心づくしのお弁当のラインナップを並べていく。

 数種類あるサンドイッチは、うずらの卵とピクルスとサラダ菜、焼いてほぐした鶏胸肉のハニーマスタード和え、ポテトサラダと薄焼きハム、カニとアボガドとキュウリ、スモークサンドとさらし玉葱という、手の込んだもの。
 つけあわせは、櫛切りにした新ジャガをオリーブオイルで揚げ、熱いうちに焼き塩を振った、皮はさくさくで中はほくほくのフライドポテト。そして新鮮野菜のスティック。
 加えて、銀幕ふれあい通り商店街の精肉店で仕入れた、特製骨付きソーセージ。あらかじめ丹念に網で焼いてあり、和辛子を添えてかぶりつくだけになっている。
 イェータのことであるから、もちろんデザートスイーツも怠りない。手作りのチョコレートタルトは、上面につや出しソースのグラサージュ・ショコラをかけた本格派である。
 保温ポットのひとつに入っているのは、深い琥珀色の、澄み切ったコンソメスープ。
 もうひとつにはお湯が入っており、これは、ここで紅茶を淹れるためのものだった。

 この至れり尽くせりぶりに、理月と、そして恵森が真っ正直な歓声を上げる。
「うわ。美味そう!」
「わんっ♪」

「……しみじみと、幸せだなぁ」
 骨付きソーセージに、恵森とまったく同じ表情でかぶりつく理月を見て、理晨は静かに声を落とす。イェータにだけ聞こえるように。
「――俺は、生きててよかったと、思ってる」
 イェータもまた、言葉少なにいらえを返した。
「ああ」

 ざわり、と、白木蓮の枝が揺れた。
 白い花が一瞬、吹雪の夜の記憶を連れてくる――

  ◇ ◇ ◇

 そうだ。
 あれは13年前。吹雪の、夜だった。
 黎明期のホワイトドラゴンが、雇い主の裏切りにより、壊滅したのは。
 ある小さな国の、独裁者を倒し革命を補佐するための戦いなのだと――そう言われていた。
 だからこそ、若い傭兵たちは存分に力を貸したのだし、そして、戦術に失敗はなかったはずなのだ。

 しかし、皆、死んだ。死んでしまった。
 荒っぽくて無骨で、それでも家族のように理晨を、イェータを、愛してくれた人々が。

 ――裏切りだと? 思い上がるな。おまえたちは捨て駒だ。傭兵ふぜいが国を変えられるとでも思ったのか。

 たった、ふたり。
 理晨とイェータは、たったふたりで、私兵によって固められた屋敷に潜入した。
 銃弾の飛び交う中を走り、走り抜け――裏切り者を始末した。
 どれだけの敵とどう戦ったのか、どれほど被弾したのかすらわからぬままに、ようやく脱出して昏倒し……。
 
 3ヶ月、病院のベッドから動けなかった。
 隣には、同じように怪我を負ったイェータがいた。

 たったふたり。
 若い傭兵たちは、泣いた。
 もう帰って来ない人たちのことを思いながら。
 それでも――生きていてよかったと。

  ◇ ◇ ◇

 銀幕市は、理晨に『弟』をくれた。
 同じ痛みを共有する、とても大事な弟を。
 理月と逢えたことが幸せで、だからこそ生きる事は素晴らしいのだと、理晨は思う。

  ◇ ◇ ◇

 人の手で造り上げられたモノでありながら、帰属する『巣』であるホワイトドラゴンの壊滅を防げなかったことを、イェータは実は今でも悔いている。
 理晨もまた、自身を責めているだろうことも知っている。
 時々、叫び出したいような焦燥に駆られることもある。
 だが、あの吹雪の夜――

(おまえたちは、生きろ…――!)

 死んで行った人々が、自分をどれだけ愛してくれていたかも知ったのだ。
 だから、折れない。挫けない。
 彼らの心に応えるためにも。

  ◇ ◇ ◇

 夢の終わりが近づいていることを、理月は知っている。
 ――寂しい。
 けれど、怖くない。
 沢山の幸せを、貰ったから。
 
  ◇ ◇ ◇

「……理月。ほら、おしぼりおしぼり。顔が梅模様の足跡だらけだぞ」
「理晨もな。……おっ恵森。ソーセージ食べたらまた一回り大きくなったな」
「そんなわけあるかー! ……いや、恵森。俺はいいから。俺の顔のうえには乗っからなくていいから!」
「わん! わわんっ。きゅうん♪」
「………(当然イェータの顔の上に乗っかるつもりで隙を伺っている)」
 
 白木蓮が、また、枝を揺らし――
 吹き抜けた西風は、3羽のゼフィルスを連れてきた。

 ひらり、ひらりと。
 小さな神々が、草原に舞う。


 ――Fin.

クリエイターコメント大変たっっっいへん、お待たせいたしましたっっ!
しっばしばでばっきばきのお話を書かせていただく機会をくださいましてありがとうございます。本望です。
 お預かり中、皆様と一緒にピクニックに行かせていただいた心持ちでした。

ホワイトドラゴンの過去に関する記述は、記録者、分を越えて捏造したかもな気もいたしますので、何かございましたら事務局様経由でご一報いただければ幸いです。可能な限り対応させていただきたく思います。

銀幕市は選択の時を迎えておりますが、3名さまの想いとご判断、記録者もしかと見届けさせていただきますね。
公開日時2009-05-06(水) 18:50
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